「もう届かない。それでも伝えたい。大切な人への想いを未来へ」

こんにちは。
心理カウンセラー 関 香澄です。

こちらをご覧くださり、ありがとうございます。

突然ですが、あなたには、
「話したい」「伝えたい」と思っているのに、もう会うことのできない人はいませんか?

伝えたかったことがたくさんあったのに、もう伝えることができない。
「ありがとう」と言いたかったのに、その言葉さえ届けられない。

そんな、やり場のない想いを抱えたことはありませんか?

今回は、私の親友の突然の死を通して、
大切な人から受け取った想いを、これから先へつないでいくということについて、お話しさせてください。

「もう届かないあなたへ。
それでも伝えたい、大切な想い」

会いたいけど、もうあなたはいない。
話したいことがたくさんあったのに。
なぜ私に一言も言わず、逝ってしまったの。
もっともっと伝えたいことがあったのに。
「ありがとう」の一言も、もう伝えられない。

悲しさや寂しさを感じても、その涙さえ、
もうあなたには届かない。
いったい私は、この気持ちをどこに持っていけばいいのだろう。

二度と会えなくなるなんて、思いもしなかった。

そんな気持ちを抱えたまま、やり場のない深い悲しみから抜け出せないあなたへ。

私の親友は、当時、同じ会社に勤めていました。

途中からは会社の近くの一軒家に二人で引っ越し、一緒に生活していた時期もありました。

そんな生活を始めて一年ほど経った頃、彼女が結婚をしようと思うと話してきました。

私よりひと回り近く年上だった彼女は、39歳のとき、「子どもを産むなら今が最後のチャンスかもしれない」と思ったようです。

結婚の話は思いのほか早く進み、40歳で
結婚。翌年には無事に男の子が生まれました。

子どもは早産で未熟児だったため、保育器に入っている期間も長く、退院してからもしばらくは成長のことをとても彼女は心配していました。

その後、将来のことを考えてマンションを購入し、年齢を重ねた義母も一緒に暮らすことになりました。

けれど、それをきっかけに、彼女の生活は少しずつ辛く苦しいものへと変わっていきました。

義母はとても主張の強い人で、家事のほとんど彼女がするのは当たり前になっていました。

子どもの夜泣きが続く中、昼間に少しウトウトしてしまうことさえ、責められているように圧を感じる毎日。

自分の部屋にいても、日中はドアを開けておくように言われ、家の中にいても気が休まることがなかったそうです。

さらに、子どもが生まれてからは、子どもにかかりきりで不満なのか夫からもつらい扱いを受けるようになりました。

幼い子どもの前で夫が彼女に手を出すこともあり、まだ言葉も話せない子どもが、彼女の髪を引っ張ったり、夫をにらみつけたりするようになったと聞いていました。

彼女は、そんな家庭の中で少しずつ追い詰められていきました。

病院に相談すると、「環境を変えたほうがいい。できるなら離婚を考えたほうがいい」と言われたそうです。

彼女は、その言葉を受け止めながら、これからどうすればいいのか悩んでいました。

ある日、突然、彼女が少し大きくなった息子をベビーカーに乗せて、私の家を訪ねてきました。

「これから義理のお兄さんに、これからのことを相談しに田舎へ帰ってくる。
その前に、あなたに会いたくて、息子と来ちゃった」

そう話す彼女と、久しぶりにゆっくり話をしました。

その日は一晩泊まり、翌日、彼女は青森へ向かいました。

彼女にとって、義理のお兄さんは、いざというときに頼れる大切な存在だったようです。

彼女は離婚について悩んでいましたが、時間が経つにつれて、少しずつ離婚に踏み切る力も弱くなっていったように、私には感じられました。

体調もあまりよくなく、「坂道が登れなくなっちゃった。もう年かな」なんて話していたこともありました。

私は彼女のことを気にかけていましたが、
今はそっとしておいたほうがいいのかもしれないと思い、私から連絡することは控えていました。

しばらくして、彼女から久しぶりに連絡がありました。

「久しぶり。元気していた?」

私がそう聞くと、

「ちょっと体調が悪くて、入院していたの。でも大丈夫だから」そう話していました。

それから数か月後、また彼女から連絡が入りました。

「会いたいから、悪いけど横浜まで来てもらえないかな」

その言葉を聞いたとき、私は少し驚きました。

私が知っている彼女は、普段からとても優しく、頑張り屋さんでした。

でも、いざというときには凛としていて、頼りがいのある姉のような人でもありました。

そんな彼女が、自分から「来てもらえないかな」と私に頼んできたのです。

なぜか私は、その言葉を聞いた瞬間、どうしても会いに行かなければならないような気持ちに突き動かされました。

彼女は、人に何かを頼むような人ではなかったからです。

私は、彼女が住んでいる横浜へ会いに行きました。

再会したとき、まだ言葉を話せなかった彼女の息子の○○ちゃんは、少しずつ言葉を話せるようになっていました。

とても愛らしく、優しいまなざしで私ににこりと笑ってくれました。

もう3歳にはなっていたと思いますが、まだ
2歳くらいにしか見えないほど小さく、
彼女に髪の毛の生え癖までそっくりで、
私は思わず「かわいいな」と思いました。

おもちゃをプレゼントすると、にこりと笑って、嬉しそうに遊び始めました。

彼女は、子どもの成長のことや、これからのことを話してくれました。

離婚についても話していましたが、私には、どうやら離婚を諦めつつあるようにも感じられました。

けれど、そのことについては、私も無理に聞くことはしませんでした。

そして、その日、彼女が私に一番頼みたかったことがわかりました。

それは、以前、父親から譲り受けた田んぼを売ったお金を、お母さんに渡してほしいというものでした。

私は、「銀行から送ればいいんじゃない?」と話しました。

けれど、お母さんは高齢で、一人でお金を下ろすことも大変だろうからと、直接に届けてほしいと思っていたようでした。

「それなら義理のお兄さんにお願いしたら?」

そう言ってみても、彼女は義理のお兄さんには抵抗があったようです。

だからこそ、お母さんに直接会って私から手渡しをしてほしいと。

そのときの私は、まさか彼女の命が残り少ないことには気づいていませんでした。

私自身、青森まで一人で行くのは難しいと思い、

「できないかもしれないから、元気になったら、また一緒に考えよう」

そんなふうに伝えました。

彼女も、それ以上は何も言いませんでした。

でも今振り返ると、彼女が私に会いたかった本当の理由は、後妻で義理の子供と彼女を育ててきて苦労してきたお母さんに、最後に彼女ができる精一杯の親孝行だったのではと。

誰に遠慮することなく好きなことにお金を使ってほしかったからなのではないかと思います。

私にも、彼女の深い思いを、そのときに理解することができませんでした。

それでも最後まで、彼女は凛としていました。

その日が、彼女との生前最後の時間となりました。

それから数か月後、お正月を迎えてすぐ、彼女は亡くなりました。

知らせをくれたのは、彼女の夫でした。

私は母と一緒に、翌日、横浜へ向かいました。

私たちが着くと、数か月前に会ったばかりの息子の○○ちゃんが、私のことを覚えていてくれたのでしょうか。
にこりと笑って、駆け寄ってきました。

私は棺の中の彼女の顔のそばに、話しかけながらそっとお花を手向けました。

すると○○ちゃんが、私に言ったのです。

「ママ、きれいでしょ。
ママが一番好きなべべを着ているの」

まだ赤ちゃん言葉の残るその言葉は、まるでママがお昼寝をしていると思っているかのようでした。

私は、その言葉に胸を締めつけられました。

泣きたいのに、にこりと笑っている子どもの顔を見ると、泣くこともできませんでした。

涙をこらえ
「そうだね。ママ、きれいだね。
ママが一番好きなべべだね」

そう言って、私は○○ちゃんに返しました。

私の親友は、45歳を迎えることなく、
この世を去りました。

今でも、私は彼女の死を、どこかでまだ受け入れられていないのだと思います。

もう会えないことも、もう声を聞くことができないことも、頭では分かっています。

それでも、ふとした瞬間に彼女のことを思い出します。

なぜ私には、余命がないことを話してくれなかったの?

もし話してくれていたら、もっとあなたと話したかった。
もっと一緒に時間を過ごしたかった。
そして、あなたが愛する○○ちゃんにも、

もっと素敵な思い出を一緒に残してあげられたのに。

「あなたに出会えて幸せだった」
「ありがとう」

そんな言葉を、今でも伝えたいと思っています。

もっと話しておけばよかった。
もっと聞いてあげればよかった。

亡くなってしまった人に、今さら何を言っても届かない。

そう思うと、どうしようもない寂しさに襲われることがあります。

あの日、最後に会ったときも、私は彼女がもうすぐいなくなるなんて思ってもいませんでした。

だからこそ、今でも思うのです。

もし、もう一度だけ会えるなら――
伝えたいことがたくさんあります。

「ありがとう」
「出会えてよかった」
「あなたと過ごした時間は、私にとってかけがえのない大切なものだったよ」

やりきれない悲しみも、涙も、届かなかった想いも、もう本人には伝えることができません。

では、この伝えられなかった想いを、私はこれからどうしていけばいいのだろう。

そんなことを思いながら、私は何年もの歳月を過ごしてきたのだろう。

そんなある日、ふと映画を観ていて、私は「恩送り」という言葉に出会いました。

大切な人に直接お礼や恩返しができなくても、今大切にしている人や、これから出会う人へ、その優しさをつないでいくことはできる。

そんな「恩送り」という言葉に出会ったとき、私は胸が熱くなり、涙がこぼれました。

まさに、私がずっと心の中に抱えてきた想いだったのです。
忘れる必要なんてない。

大切な人との時間は、これからもあなたの心の中に生きつづけていく。
届かなかった言葉も、あなたがこれから誰かに優しくすることで、未来へつながっていくのかもしれません。

私は、親友に返せなかった「ありがとう」を、大切な人や、これから出会う誰かに渡していきたいと思っています。

そして、いつか私の大切な人への想いが、
誰かの大切な人へとつながっていきますように。

心から、そう願っています。

ツールバーへスキップ