こんにちは。
心理カウンセラー 関 香澄です。
こちらをご覧くださり、ありがとうございます。
私はまさに、アダルトチルドレン(AC)・機能不全家族の中で育ってきました。
以前のブログで、私の父との実話をお話しさせていただきました。
突然ですが、あなたは「お盆」というと、どんな景色を思い浮かべるでしょうか。
私は東京生まれ・東京育ちですが、両親が新潟出身だったため、我が家のお墓参りは田舎の風習に合わせていつも8月でした。厳しい夏の暑さの中、お墓の前に立つと、今でも何とも言えない複雑な気持ちになります。
今回は、そんな夏のお墓参りから思い出す、私と父のお話をさせていただきたいと思います。
私の父は、もうかれこれ25年以上前に他界しています。
亡くなった当初、正直に言って私は「悲しみ」よりも、怖くて威圧的だった父からの「解放感」のほうが大きかった気がします。静まり返った家で、ようやくホッとできるようになるには、長い時間がかかりました。
なぜなら、私にとって家はいつだって安らげる場所ではなかったから。
「いつ怒られるのだろう」
「今日もまた怖い顔してる」
「父の地雷を踏まないようにしなきゃ」
逃げるすべを持たない子どもの私は、いつもびくびくして息を潜めて生きるしかありませんでした。
高校生になり、バイトができるようになると、私はバイトに明け暮れる日々を送っていました。
そんな私が、父が亡くなってから現在まで、どのように心が変化していったのか。
ここから少し、振り返ってお話ししたいと思います。
もしかしたら、今こちらを読んでいる方の中にも、私と同じような感情を抱えている方がいるかもしれないと思い書いてみました。
実は途中から「私の実話なんて、読者の方には面白くないのではないか」と思い、途中から違う視点で記事を書くようになっていました。
けれど、クライアントさんから、
「実話を読んで、とても元気が出ました」
「私だけではないのだと思えました」
そんな言葉をいただいたことで、
「これからは、自分の経験や感じたことを通して、私らしくお話ししていこう」
と思えるようになりました。
皆さんに気づきを与えてもらって、私も日々成長させていただいています。
記事を読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
どうぞ、こんな私ではありますが改めてよろしくお願いいたします。
もし初めてこの記事を読んでくださっているあなたがいたら。以前に公開したこちらの記事も合わせてご覧いただけたら嬉しいです。そちらを読んでいただくと、この記事のお話もより分かりやすくなるかもしれません。
『あなたの心に、一滴の命の酸素を』♯1
「もう、限界。」心が折れたあの日。♯2
私のお話は、とても冷たく聞こえてしまうかもしれません。
父が亡くなったときは、もちろんショックではなかったと言えば嘘になります。
ですが、純粋な悲しみというよりも、言葉にできない空虚感に襲われ、胸にぽっかりと穴があいたような感じでした。
まるで、大きな物事が終わりを迎えたような感覚。
それが、あのときの私の正直な気持ちでした。
誰の目を気にすることもなく、自分の部屋でほっと息をつくこと

父が亡くなってから、私の心に起きていたこと
それというのも、我が家では、父が家にいるだけで、父の顔色一つでこちらの気持ちや家の空気感までが激しく揺さぶられることが日常的だったからです。
だから、父が亡くなってもしばらくは、家にいてもまったく落ち着きませんでした。
怖いものですよね。
恐怖が長年かけて日常化してしまうと、目の前の現実が変わっているのに、心と体はすぐには追いついていかない。
私はそのことを、長い時間をかけて感じていきました。
そんな緊張の日々から、本当に少しずつですが落ち着きを取り戻してきた頃、ふと感じたのは、「部屋がとても広く感じたこと」でした。
父が大柄だったということもあります。
でも、今振り返ると、私の心の中で父の存在や恐怖が占めていた割合が、それほどまでに大きかったのだと気づきました。
私にとって、それほど大きなトラウマだったのだと思います。
そして、父が亡くなってからの時間の中で、私の心にも少しずつ変化が起きていきました。
正直、悲しみというよりも、魂が抜け落ちたような脱力感に包まれていました。
お墓の前に立っても、父に何かを話しかけるというより、ただ自分の近況を報告していただけだったように思います。
父が亡くなって5年ほど経った頃、私は結婚し、幼い娘をベビーカーに乗せて、母と一緒にお墓参りをしました。
「娘が生まれました」
「こんなに大きくなりました」
そんなふうに、娘の誕生や成長を父に報告していたと思います。
その後、息子も生まれました。
お墓の前では、やはり子どもたちの成長や、今の自分の暮らしを報告するだけでした。
そして、それから長い年月が経ち、父の27回忌を迎えました。
27回忌。「あなたの孫ですよ」と父に語りかけた日
その日、お坊さんにお墓でお経をあげていただきながら、隣に立つ成長した息子の姿を見て、私は初めて、父が亡くなってから今日までの長い年月を振り返っていました。
息子の成長した姿を見ながら、
「こんなに長い時間が経ったんだな……」
そんなことを、しみじみと感じていたのだと思います。
不思議なことに、お経を聞いていると、今まで感じたことのないような温かい気持ちになりました。
そして、気がつくと涙があふれていました。
そのとき初めて、私は父に心の中で話しかけていました。
「お父さんとは、いろいろと苦悩の連続だったけれど……。お父さんの人生は幸せだったのですか?」
「今はこうして、息子も娘も成長して、みんな元気でいます」
「きっと今は、微笑んでいてくれていますよね」
そして、
「あなたの孫ですよ」
そんな言葉を、心の中で父に語りかけていました。
今まで私は、父に向けて、こんなふうに言葉を伝えていなかったのだと気づきました。
でも、そのときは、お経とともに、心の中で父に話しかけていました。
その瞬間、これまでずっと「トラウマ」として抱えていた幼少期の記憶が、少しずつ「過去の思い出」に変わっていったように感じました。
それからは、
「私はもう元気にやっているから、心配しないでね。これからもみんなを見守っていてね」
そう父に言えるようになりました。
深い心の傷は、頭で「もう大丈夫」と理解しただけで、すぐに消えるものではないのかもしれません。
でも、長い時間をかけながら、少しずつ癒えていくこともあるのだと思います。
私自身が、そのことを父の27回忌の日に初めて実感したのです。
あの日を境に、長い間、私の心の奥にあったものが、ふっとほどけたような感覚がありました。
「もう、あの頃のことに縛られ続けなくてもいいんだ」
そんなふうに、心が少しずつ解放されていくような感じでした。
過去の父のことを許せた、ということなのかもしれません。
でも、それ以上に、父を許せなかった自分も、長い間苦しみ続けていた自分も、もうそのままでいいのだと思えたのです。
今まで心の奥にあった扉が、長い年月をかけて、ようやく心が開いたような。
そんな感覚でした。
そして私は初めて、過去を「苦しかった記憶」として抱え続けるのではなく、「過去の思い出」として振り返ることができたように思います。
いつか、あなたの心にも、長い間抱えてきた苦しみから解放される瞬間が訪れるかもしれません。
それは、何かを無理に忘れることでも、誰かを無理に許すことでもないのだと思います。
だから今、過去の苦しみに縛られているあなたにも伝えたい。
いつか、過去を「過去の思い出」として振り返れる日が来るかもしれません。
過去は変えられません。
けれど、過去を抱えたまま生きている「今のあなた」は、これから少しずつ変わっていくことができます。
怖かった記憶も、傷ついた経験も、
すべてあなたが必死に生きてきた証です。
十分、立派です。
もう、苦しかった過去に、これからの人生まで縛られ続けなくていいのです。
誰よりも、あなたは幸せになっていいのですよ。
だからこそ、これからはその優しい笑顔を、あなた自身に向けてあげてください。
一番大切にしなければいけないのは、あなた自身です。
まずは、その一歩から始めてみてくださいね。
いつでも、私はあなたの味方です。
私のお話を最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。
