こんにちは。
心理カウンセラー 関 香澄です。
こちらをご覧くださり、ありがとうございます。
「どうして、こんなにも優しくて、周りのことを大切にできる人が、いつも損してしまうんだろう……」
身近な友人や知人の頑張りを見ていて、胸が締め付けられるような、やり場のない悔しさを覚えることはありませんか?
本当は誰よりも気を配って、一生懸命生きているのに、なぜか都合のいいように扱われたり、後回しにされてしまったりする。
「いい人」でいることが、まるで損をするためのチケットのようになってしまっている現実を目の当たりにするたび、私は心の底からこう思わずにはいられません。
「なぜ、こんなにも優しい人が、苦しまなければならないの?」って。
もしかしたら、あなたも今、そんな理不尽さに一人で苦しんでいませんか?
今日は、
私の身近な人に起きてしまう出来事と、そのとき私の胸の中にわき上がったやり場のない気持ちを、あなたにお話しさせてくださいね。
私は彼女を見ていて、どうしてもこんなにいい人なのにいつも悲しい結末になってしまうのだろうという気持ちになってしまいました。
「私の何がいけないの?」
「喧嘩しているわけでもないのに」
「何が原因になっているのだろう?」
「どうして、いつも同じようなことになるの?」
本人なら、きっとそんなふうに思ってしまうのではないでしょうか。
私には、そう思わずにはいられないほど、
理不尽に感じられたのです。
あなたの周りにもそういう方いませんか!
その結果、周りから「この人なら大丈夫」
「何を言っても受け止めてくれる」と見られてしまい、知らないうちに都合よく扱われてしまうこともあるのです。
私から見た彼女は、正直で優しく、仕事にも前向きな頑張り屋さんです。
でも、彼女よりも周りへの気遣いが少ない人のほうが、なぜか大切に扱われているように見える現実。
私は「憤り(いきどおり)」すら感じてしまいました。
①理不尽の「正体」を少しだけ
紐解く(なぜそんなことが起きるのか?)
「どうして、一生懸命頑張っている人がこんな目に遭うんだろう?」
その答えの一つは、彼女が無意識にその理由の一つとして、もしかすると、彼女には
「自分のことよりも、周りの機嫌や評価を優先してしまうクセ」があったのかもしれません。
優しい人ほど、
常に自分を後回しにしてしまう。
「自分が我慢すれば丸くおさまる」と飲み込んでしまう。
無意識に一歩下がる癖がついてしまっている。
その結果、周りから
「この人なら大丈夫」
「何をしても怒らない人」
「都合よく扱ってもいい人」
として見られてしまうという、
あまりにも悲しい心の仕組みがあるのです。
②あなたへ「大丈夫だよ」という救い(共感と許可)
もし、これを読んでいるあなたが「まさに私のことだ……」と思ったなら。
どうか、自分の優しさを責めないでくださいね。
あなたが優しいのは、あなたが人を大切にできる人だからです。
周りに無理して合わせたり、誰かと自分を比較したりする必要なんてありません。
あなたが都合のいい人間として扱われるために生まれてきたわけではないのですから。
③今日からの小さな一歩(結び)
最後に、そんな「いい人・都合いい人」から少しずつ抜け出すための、今日からできる優しい提案をさせてくださいね。
今日から、ほんの少しだけでいいんです。
「私は、あの時のあの言葉をどう感じただろう?」と、自分の心に矢印を向けてあげる時間を作ってみませんか?
私自身も、「それっておかしくないですか?」と思うような理不尽に直面することはあります。その場ですぐに言葉にできないことだって、その時の状況によってもありますよね。
そんな時は、あとからでもいいので、自分の心に聞いてあげてください。
「今日のあの言葉、ちょっといかがなものだったよね」って。
そして、自分が心の中で「おかしい」と感じたその気持ちを、「しょうがないか」と決してフタをして無きものにしないであげてくださいね。
もう、あの頃の良い子のままで、無理に心をすり減らさなくていいんです。

言葉に出せなかったあなたは、
決して弱いわけではありません。
今のあなたは、とても優しく、思いやりのある人です。
痛みを抱えながらも、誰かのことを考えられる。その優しさは、あなたの大切なところです。
あなたが思っている以上にあなたは素敵です。
どうぞご自身を過小評価しないでくださいね。
この記事が、あなたの心が少しでも軽くなるきっかけになれば嬉しいです。
