「もう、限界。」心が折れたあの日。泥の中から見つけた、自由への決断。#2

こんにちは。
心理カウンセラー関 香澄です

こちらをご覧くださりどうもありがとうございます。

前回は、15歳の私にとって、夜の海がたった一つの「命の酸素」だったお話をさせていただきました。

今回は、そこから18歳で家を後にするまで――高校時代のいじめ、中退、そして心が完全に折れてしまった「さらなる試練」についてお話しさせてください。

今のあなた、過去のあなたにこんな経験はありませんか?

「もう、限界。自分の力では、もうどうすることもできない」
「何もかも、どうでもいい。すべてを投げ出してしまいたい」

目の前の環境が苦しくて、一秒でも早くここから消えてしまいたい。

でも、今の自分には行き場も力もなく、ただただ苛立ちと絶望だけが積み重なっていく日々の繰り返し……。

16歳の私は、まさにそんな「出口のない迷路」の中にいました。

家という場所は、相変わらず父の支配と母の沈黙に支配された、息の詰まる場所でした。

16歳、バイトで集めた「自由への切符」

高校に入り一つだけいいと思えたことは働けるようになったことです。

だから私は、16歳から高校に通いながら、必死にバイトに明け暮れました。
3年間、とにかく「家にいたくない」その一心で。

学校が終わればすぐにバイト先へ向かう。 家では一度も見せることのない笑顔で接客をし、仲間とたわいもない話をする。

そこでお金を得ることは、私にとって単なる労働ではなく、いつかこの家を飛び出すための「自由への切符」を一枚ずつ集めるようなものでした。

「バイトをしていれば、父に会わなくて済む」
「つけたくない仮面をつけなくてもいい」
「ここにいれば、自分の居場所があるような気がする」

一石二鳥だと思いながら体力の限界まで働き続けました。 でも、決して辛いと思ったことはありませんでした。

そんな私を支えていた最後の年「学校」という場所までもが、卒業を目前にして牙を剥いたのです。

それは、理由もわからない、人を追い詰めるような「いじめ」の始まり。

何より私の心を粉々に打ち砕いたのは、一番の「親友」だと思っていたはずの子が、他の数人と一緒になって私に圧をかけてきたことでした。

以前は誰よりも仲が良く私の味方だと思っていたのに。三年からはバイトが忙しく授業終わりはすぐ帰るの繰り返しだったのでほとんどクラスメートを遊ぶことはなくなっていました。

なので、まるで圧をかけられる理由すら見つからない。

信じていた人からの、あまりに突然で理由のわからない裏切り。
「自分の何がいけなかったのかと、自分を責める夜が始まりました」

その理解しがたい現実に、私の心は悲鳴を上げ、ただただ深い絶望の中に置き去りにされました。

突然の裏切りと、動かなくなった足

そして半年が過ぎた、ある朝のこと。 いつものように学校の正門の前に立ったとき、私の体は動かなくなりました。

目の前にあるはずの校舎が、どうしても超えられない高い壁のように見えて。 一歩、あと一歩踏み出せばいいだけなのに、どうしてもその一歩が前へ出せなかったのです。


その時、私の心は静かに、けれど決定的に折れてしまいました。


学校に行けなくなった私を心配して、担任の先生が家まで来てくださいました。 けれど、その時に母の口から出た言葉は、私の限界を受け止めるどころか、心を一瞬にして凍りつかせるものでした。

「卒業間近なのだから我慢できるでしょ」
「先生まで心配して来てくださっているのだから」


「卒業間近なのだから我慢できるでしょ」母の言葉に、心が決まった瞬間

そこに、私の痛みへの共感はありませんでした。 あるのは「世間体」と「正論」だけ。

きっと母の心の中ではわざわざ先生まできてもらっているのに家の娘は何てわがままな娘だろう!と思ったのだと思います。

心の中では中退しようと思っていたのですが正直母の言葉が皮肉にもかたくなに中退への後押しにになってしまいました。

その愛のない言葉に、私は自分という存在をまるごと否定されたような、深い絶望の中に置き去りにされました。

けれど、皮肉にもその言葉が、私の心に最後の「決別」を突きつけました。

「ここには私の居場所はない」
「ここでは、私の心は守られない」
「もう、私の味方は自分しかいない」

心の中では迷っていた「中退」という選択肢が、母の言葉によって、逆に強く、確かなものとして私の中に定まりました。

卒業を目前に控えながらも、私は高校を中退する道を選びました。

それは、逃げではなく、私の心がこれ以上壊れないための、たった一つの最後の自衛策だったのです。

自由へのカウントダウン

高校を中退した私に、もう「学校」という壁はありませんでした。 世間から見れば「ドロップアウト」だったのかもしれません。

でも、私にとっては、家にいなければいけない理由をすべて削ぎ落とし、自分の人生を取り戻すための「準備期間」の始まりでした。

そこからの私は、働くことに精力を注ぎ込みました。

「この1円は、あの家から1ミリ遠ざかるための距離」
「この1,000円は、自由な空気を吸うための時間」

通帳に刻まれる数字が増えていくたびに、私は自分の足で地面を踏みしめている実感を覚えました。

三年間、来る日も来る日もバイトに明け暮れたのは、すべては「いつかこの家を出る日」のため。

そして18歳。 積み上げてきた努力の結晶を手に、私はついにその家を後にしました。

今、もしあなたが、誰かの支配に苦しみ、「自分には何もない」と絶望しているなら、これだけは伝えたいのです。

自分の力で稼ぐことは、誰にも支配されない自分を作ること。 あなたが今、必死に握りしめているその「切符」は、いつか必ずあなたを自由な空へと運んでくれます。


蓮の花は、泥が濃ければ濃いほど、美しく大きな花を咲かせると言います。 私の過去も、あなたの過去も泥のような日々があっけど泥の中にいた時間は、決して無駄ではありません。 その経験はいつか、あなたを美しく輝かせるための土壌になるのです。

あなたは何も悪くない。

泥の中から立ち上がろうとしている、その強さは凛としてとても素敵です。

焦らず、ゆっくりと、あなたのペースで花を咲かせていきましょう。

その一歩を、私も隣で見守らせてください。

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